
俺はずっと、人生というものを勘違いしていたのかもしれない。
目の前に問題があると、それを解決しなければならないと思っていた。
会社の売上が落ちれば、なんとか売上を戻さなければならない。
借金があれば、早く返さなければならない。
会社の将来が不安なら、安心できる状態を作らなければならない。
投資で損をすれば取り戻したいし、新しく始めた事業があれば成功させたい。
そうやって一つ一つ問題を片付けていけば、いつかすべてが整って、
「よし。これで安心して人生を楽しめる」
そんな日が来るような気がしていた。
でも最近、ようやく気づいた。
そんな日は、たぶん来ない。
一つ問題を解決すれば、また次の問題が現れる。
借金がなくなれば老後が気になるかもしれない。
会社が安定すれば、今度は成長していないことが気になるかもしれない。
お金ができれば健康が気になる。
子供が無事に育ったら、その先の人生が気になる。
そもそも人間というのは、問題がなくなったらなくなったで、新しい問題を探してしまう生き物なのかもしれない。
だとしたら、
「問題が全部なくなったら人生を楽しもう」
なんて思っていたら、人生を楽しめる日は永遠に来ない。
人生の目的は、問題をすべて解決することじゃない。
問題を抱えながらも、いかに目の前の日々を生きるか。
人生とは、そういう旅なんじゃないかと思うようになった。
人生には目的地があっていい
「人生は旅だ」と言うと、
行き当たりばったりで生きればいいとか、将来のことなんて考えなくていい、という意味にも聞こえる。
俺はそうは思わない。
旅には目的地があったほうがいい。
どこに向かっているのか分からない旅もスリリングではあるけれど、少し不安だ。
行きたい場所がある。
会社の借金を減らしたい。
今育てているEC事業を会社の柱にしたい。
投資でも資産を作りたい。
仲間とやっていることも、もっと面白くしたい。
文章を書き続けて、いつか本になったら最高だ。
平日にゴルフへ行ったり、釣った魚を自分で捌いたり、気の合う仲間が集まれるアジトみたいな場所も欲しい。
家族には安心して暮らしてほしい。
そしていつか、
「好きなことをして生きている父親」
になれたらいいと思っている。
だから目的地は定める。
そっちに向かって歩く。
今日できることもやる。
努力だってする。
ただし、一つだけ忘れてはいけない。
目的地に辿り着くことだけが、旅ではない。
旅の面白さは道中にある
旅行だってそうだ。
目的地に着いた瞬間だけが旅じゃない。
車で向かっている途中にくだらない話をしたり、予定になかった店に寄ったり、知らない景色を見つけたりする。
雨が降ることもある。
渋滞することもある。
道を間違えることもある。
楽しみにしていた店が休みだったり、期待していた観光地が「こんなもんか」と思うことだってある。
でも何年か経って振り返ると、不思議なもので、そういうことまで含めて旅の思い出になっている。
だったら人生も同じじゃないか。
晴れの日だけが人生じゃない。
会社がうまくいかない時期。
お金のことで不安になった夜。
仕事を失ったとき。
投資で大損した日。
家族と喧嘩した日。
「この先どうなるんだろう」と怖くなった夜。
それも全部、人生という旅の途中で見た景色なんだと思う。
だったら、楽しめない日は楽しめなくてもいい。
不安な日は不安でもいい。
落ち込む日があってもいい。
ただ、
「この問題を解決するまで、僕の人生は始まらない」
とは思わないことだ。
人生はもう始まっている。
いや、とっくに旅の途中なのだ。
「いつか安心したら」では遅すぎる
俺はいま48歳だ。
会社には借金がある。
長く続けてきた事業は、業界そのものが縮小している。
取引業者も減っている。
この先、今までと同じように稼げる保証なんてない。
新しく育てている事業だって、どこまで成長するか分からない。
投資もやっているが、増えるどころか大きく減ることだってある。
ブログを書いても、ほとんど読まれない。
人生の先行きなんて、まるで分からない。
だから僕はずっと、
「安心できる未来が欲しい」
と思っていた。
でも、最近思う。
安心できる未来なんて、本当にあるのだろうか。
もし10年後。
借金がなくなって、会社も安定して、投資資産も十分にできたとする。
でも、そこへ辿り着くまでの10年間を、
「まだ足りない」
「今月も金が減った」
「会社は大丈夫か」
「早く安心したい」
と怯えながら過ごしていたらどうだろう。
58歳になって目的地に到着したとしても、
48歳から58歳までという、二度と戻らない10年間の景色をほとんど見ないまま通り過ぎたことになる。
それはあまりにもったいない。
今日だけを見れば、僕はすでに幸せだった
少し立ち止まって、現在地を見てみる。
健康だ。
家族も元気だ。
友達がいる。
月に一度は仲間と会ってバカ話をしている。
一緒に働いてくれるスタッフがいる。
協力してくれる取引先もまだ、いる。
家がある。
車がある。
明日の支払いに困っているわけでもない。
新しい事業に挑戦することもできる。
くだらないことをやって笑える仲間もいる。
そう考えたら、
ないものより、あるもののほうが圧倒的に多かった。
俺にないのは、
「安心できる未来」
くらいなのかもしれない。
でも、未来が安心できないからといって、今日まで不幸になる必要はない。
景色が変わったら、そのときまた考えればいい
もちろん、問題から逃げるつもりはない。
会社が厳しくなれば、できるだけのことはする。
新規事業を育てる。
現在の事業でも稼げるだけ稼ぐ。
投資の腕も磨く。
新しい収益源も探す。
AIも徹底的に使う。
あがくだけあがく。
でも、それでもダメなことだってある。
今の業界が本当に仕事にならなくなるかもしれない。
新規事業が思ったほど育たないかもしれない。
会社そのものを続けられなくなる可能性だってゼロではない。
でも、そうなったとしても、そのとき考えればいい。
その時点で持っている手札を机に並べる。
そして改めて考える。
「さて相棒。こうなったわ。ここからどうする?」
また自分と作戦会議をする。
その頃の俺は、今より経験を積んでいる。
AIだって、社会だって、今よりずっと進化しているだろう。
そこで次の一手を考えればいい。
ダメだったら、また手札を並べる。
また考える。
また歩く。
人生なんて、その繰り返しなのかもしれない。
人生の本体は「今日」にある
目的地は決める。
そこへ向かって努力する。
でも、目的地に辿り着けなかったからといって、その旅が失敗だったとは限らない。
途中で家族と笑った日。
友達とゴルフをした日。
仕事が一本決まって喜んだ日。
新しい商品が売れた日。
ブログを一本書いた日。
うまいものを食べた夜。
猫が隣で寝ていた何でもない時間。
そういうものが全部、人生なのだと思う。
だから俺は、これからこう生きたい。
人生は、問題をすべて解決してから楽しむものではない。
目的地は決める。
そこへ向かって、今日できることをやる。
でも人生の本体は、目的地に着いた瞬間だけじゃない。
そこへ向かっている今日そのものだ。
晴れる日もある。
雨の日もある。
道を間違えることもある。
目的地そのものが変わることだってある。
そして、もしかしたら辿り着けないかもしれない。
それでもいい。
目の前の景色を見ながら歩いていく。
問題を抱えたままでも、笑う。
遊ぶ。
挑戦する。
人を愛する。
うまいものを食う。
旅をする。
そしてまた明日、手札を並べる。
「さて、今日はどっちへ行こうか」
人生はレースじゃない。
旅だ。
だったら目的地だけを睨みながら、地面を見て走り続けるのはやめよう。
人にはどこにでもいける翼がある。
せっかく翼があるんだから、ときどき空へ上がって、
今しか見られないこの目の前の景色を、ちゃんと見ておこうと思う。

